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課題・コンセプト
 
「種としての人間への意識改変

私たち人間は個に生き個に死ぬ

その一生は地球や人類誕生の長い時間に比べるとあまりに儚い

人間は宇宙の中の埃にも等しい取るに足らない弱い存在である

それは人類誕生から変わらない

​本来人類はライオンなどの猛獣の餌のような存在でしかなかった

しかし、認知革命を経た私たちホモ・サピエンスは虚像を信じ、

集団を形成し、多くの種を絶滅・交配・支配し世界に分布した

さらに農業革命、産業革命、情報化革命を経て、

人間は地球上最強の生物となった

そして、人間はネットの世界へ進出した

そこには人類の叡智が集約され、私という一人称での個一生の視点から

アカウント、ユーザー、アバターといった三人称的メタ思考を一生の中に得た

これにより人間はより客観的、包括的な思考能力を有し、

個に生き死ぬだけではなく、

その延長線上にある人類としてどう生きどう死ぬかを選択できるに至った

種としての視点に辿り着いたのだ

種としての人間を意識したことがありますか?

あるゲームをきっかけに私は個の意識を種の意識へと一生の中に

思いを巡らせるようになりました。

それは制作において二つの課題を私にもたらしました。

一つは作品の中に、種の罪を含ませ、自然との対立と

止めどない進化への渇望と、それに伴う未来への危惧を描きました。

After that -prisoner の連作にそれは常に潜んでいます。

これは単なるコンセプトではなく、

作品を観る人へ、個の意識から種としての人間の意識への改変と伝播を課題としています。

これにより人間が地球の一種族としての認識を深く持ち、

どうすれば連作のような荒廃した世界にならないのか、

残念ながら諦めるしかないのか、個から種へ、そして種から個へ意識を行き巡らせ、

作品を前にして考えて頂きたく思います。​​​​

​​​​​​​そして二つ目は、創作についてです。

私にとって創作とは、無から有を作り出すことであり、どのようなカテゴリに属さない、

まだ世に出ていない感性や価値を体現した結果だと定義します。

その条件はあまりに高いと言えます。

私たち人間はこの世に生まれ、現実に接触した瞬間、外気に触れ、言葉を聞き、肌の感触を感じます。

そして成長とともに家庭や学校や社会に属し、その時代ごとの言語や文化、教育に触れます。

​この一般的な成長は、その時代を生きぬく術であり、社会的存在を示すものであり、

私たちの生存はもちろん、文化、芸術の発展にも繋がっています。

一方、成長の中で刷り込まれ矯正された価値観や道徳観は先入観となり、

創作論冒頭の無へのアクセスを非常に困難にさせます。

創作には無が必要です。

技法や素材といった後天的なものは、既存の作品から消去的に得られるものです。

しかし、真の創作にはその中に未知なる感性や価値といった啓蒙的触発性が必要になります。

これを体現することが課題になります。

その為に、私は成長で得た知識や経験、先入観を出来る限り封じ、

無意識下で描く線の動きや形の集積に価値を感じました。​

即興によるドローイング(自動書記)は未知のものではなく、

ただの紙にペンと物質的な独創性もありません。

しかし、その無意識無重力な線には私という潜在的な個を浮かび上がらせ、

かつ課題を解決する為の未知なる感性、価値が見えてくると考えています。​

HIROYA YASUKOCHI

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